食べるという洗脳を解いたら半年で15キロやせられたダイエット日記、そしてついでに人生を変えようブログ

90キロ近くあったところから75キロ近くまで痩せた体験記、日々気をつけること、またその習慣を活かして夢、目標を叶えてしまおうとたくらむブログです。

ダイエットという言葉の罠

20kg痩せる!というのはわかりやすい目標ではありますが、どうもそれではしっくりいかない部分がありそうです。

考えてみれば、ダイエットというのはただの結果であって目標ではないからです。

「そんな小難しいことは言わずに、とりあえずそれでやればいいじゃん!」

と思わなくもないのですが、

少食にするとか、食べないとかいうときに何が大切になるのかといえば、大げさにいうならば、

生きる上での考え方のようなものだと思います。

そうなると、ダイエットという言葉は痩せればそれでOK!の考えに直結し、やはり大切なところからはブレるといわざるをえません。

 

というのも、タイトルをダイエットとしてからどういうわけだか食べる量が多くなってしまったような気がするからです。

気のせいと言われればそれまでですが、どこかダイエットという言葉には大前提として「食べる」ことが含まれている気がします。

目指すべきは「食べなくてもいい」もしくは「食べても食べなくてもどちらでもいい」であって、どちらにしても食べることを意識しないということだと思うからです。

 

この部分は正直うかつでした。

ダイエットしようとすればするほど、ダイエットがむずかしくなる…

これは禁煙とも似ているなあと思いました。禁煙にもそうとう苦しんだ過去がありますが、禁煙といっているうちは煙草を止められないんですね。

もちろんニコチンどうこうの科学的な側面もあるでしょうが、

精神的な側面も大きいと思います。

 

あとは「飢え」という感覚。

食べない、食べなくてもいいやというのは、この「飢え」から解放され自由になるものだと思います。

そうするとダイエットは

「もっと痩せたい!もっと綺麗になりたい!もっとカッコよくなりたい!」

といった「飢え」そのものであるといえます。

なので、食べなくてもいいというのとダイエットは、

食べない部分においては共通していても、実は対極にあるといえるのかもしれません。

 

何kgやせた!とかはいうかもしれませんが、基本ダイエットなんぞどうでもいいのだ、というスタンスでのぞみたいと思いました。